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旧大隈重信別邸・旧古河別邸

    赤いピンのところが現在位置になります。

〈旧大隈重信別邸、旧古河別邸〉

〈旧大隈重信邸の歴史〉

* 後年増改築がなされているものの、明治期の主要な構造である海浜別荘建築などの、大磯が別荘地として最も発展した時代の貴重な歴史的遺産が残っています

〈建物内部について〉



⚫ 大隈重信について

大隈重信 1838~1922年

     〈大隈重信 1838~1922年〉

大隈重信は備前の国、今の佐賀県出身です。伊藤博文内閣時代に外務大臣などを歴任した後、第8、17代内閣総理大臣になり、憲政党を結成します。これは日本初の政党内閣でした。のちに、東京専門学校(現早稲田大学)を創立します。

◇大隈重信はみなさんご存じの通り佐賀藩士族です。佐賀藩校では血気盛んな性格を発揮し退学させられますが、英語を学ぶために長崎へ向かいます。明治維新後、長けた外交の交渉能力から、新政府で活躍することになりました。明治 2 年には大蔵省で実力を発揮し、新政府からの協力をこばむ渋沢栄一を、自慢の弁舌で口説き落としたという逸話もあります。

◆大河ドラマ「青天を衝け」中でも再現されていましたが、大隈重信の口癖は「であ〜る」であったとのことです。
注: 旧大隈重信別邸は大河ドラマに直接的な登場はないですが、そんな大隈重信が利用した場所として、歴史や当時の雰囲気を体感してください。

大隈重信についてもっと詳しく知りたい方はこちら→> https://www.ndl.go.jp/portrait...「近代日本人の肖像」は国立国会図書館


〈人物画・写真の出典〉:国立国会図書館

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